まっさんのブログ ~みち楽の旅日記~

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2022年5月23日(月) 第39回カーター記念黒部名水マラソンを振り返る

昨日走ったフルマラソン、「第39回カーター記念黒部名水マラソン」を振り返る。

 

このマラソン大会は、1984年、アメリカ合衆国第39代大統領(1977~81年)のジミー・カーター黒部市に来市したことを記念し、宮野運動公園陸上競技場をスタート・ゴールに開催されたジョギング大会が始まり。

 

昨年と一昨年はコロナ禍で中止、今回は3年振りの開催。今回は新型コロナウイルス感染症対策のため2日間に分けての開催で、21日(土)に5㎞、2.5㎞、ジョギング(2.5㎞)の部が、22日(日)にフルマラソンと10㎞、車いす(7.3㎞)の部が開催。

入場受付時に配付された大会冊子を見ると、フルマラソンのエントリー者数は、北海道から沖縄県までの全都道府県から5500人あまり。福岡県からも50人近くがエントリー。

 

8時45分から開始式あり。ゲストには、シドニー五輪女子マラソン金メダリストの高橋尚子さんと、箱根駅伝で活躍した柏原竜二さんが来ていた。高橋尚子さんは、コース途中とゴール手前で参加者に懸命に声援を送る姿がとても印象に残った。

 

9時に黒部市総合公園前をスタート。制限時間は6時間(15時まで)。AからKまで11つのスタートブロックに分かれており、私のいるKブロックは最後尾なので、なかなかスタートできない。ようやく、私がスタート地点を通過したのは9時6分から7分の間。

 

昨日、富山に着いたときは雨が降りそうな曇り空だったが、今日は晴天。ただ、北アルプスの山々は靄がかかって見えず。気温も徐々に高くなり、全てのエイドで水分補給を行った。

 

まずは、9.0㎞地点の第1関門を目指して走る。4-5㎞地点で線路高架下をくぐり、線路沿いの道を進む。黒部駅の手前が第1関門で10時10分頃に通過。

 

黒部駅前で左折。沿道では、市民の方々がここかしこで声援を送ってくれ、ランナーを元気づけてくれた。

 

10㎞地点を過ぎると、上りが始まる。各エイドでは、黒部の名水がふんだんに用意されていた。水は飲むだけでなく、手や腕などにかけて体を冷やした。さらに進むと、首筋にかけたり、頭からかぶったりして、体を冷やした。また、ところどころに設けられた散水シャワーはとてもありがたかった。

 

黒部宇奈月温泉駅の手前、17.1㎞地点が第2関門で、11時10分過ぎに通過。

ここから、緩やかな上りが23-24㎞の折り返し地点まで続き、ペースが徐々に落ちてくる。

 

11時50分過ぎ、ようやく中間地点に到達。

22㎞から25㎞までは対面通行。反対車線を走る折り返し地点を通過したランナーとすれ違いながら走る。

 

23.1㎞地点のエイドでは、おにぎりが提供されていたが食べる元気はなく、塩トマトと緑茶をいただく。

エイドのすぐ先、23.2㎞地点が第3関門で、12時10分頃に通過。ここの関門閉鎖時刻は12時20分で、余裕は10分ほどしかなく、ペースも落ちているので焦る。

 

23-24㎞にある折り返し地点を通過。折り返し地点を過ぎるとすぐに、反対車線を走る完走伴走ランナーとすれ違う。そして、少しすると完走伴走ランナーに追い抜かれる。彼らに付いて走ることができれば完走できるが、段々と離されていく。その後、第3関門の閉鎖時刻が来て、反対車線には関門を通過できなかったランナーを回収するバスが続く。後ろからのすごいプレッシャーを感じる。

 

対面通行の区間を過ぎ、緩やかな下りを進むが、足が重い。それに加えて、みぞおちの右下が痛くなり、走るのがとてもつらくなる。

 

関門閉鎖時刻5分余り前に、何とか第4関門を通過。ここからは関門閉鎖時刻との闘いが続く。

 

この先、みぞおちの右下があまりにも痛いので、しばらくの間、早足で歩く。

31.1㎞地点の黒部川河川公園で、ライブパフォーマンス同好会が爆風スランプの「Runner」を演奏しており、元気をいただく。

 

31.8㎞地点のエイドで塩トマトをいただき、すぐ先の第5関門を関門閉鎖時刻5分前に通過。次の関門通過は難しいのではと弱気になる。

 

この先で、医師と書かれたビブスを着た方がうまく誘導してくれて、少しペースを上げることができ、36.5㎞地点の第6関門を関門閉鎖時刻4分前に何とか通過。ただ、関門手前のエイドでアイスが提供されており、それを楽しみにしていたのに食べられなかったのは残念だった。

 

参加者が多いので、前方には私と同様に完走ギリギリのランナーがたくさんいた。ただ第6関門を過ぎ、誰もが限界にきており、歩いている人も多く見られた。歩いたら走れなくなりそうだったで、ゆっくりだが一歩一歩足を前に踏み出して走る。

海岸沿いの道に出て、富山湾の海に少し元気をもらう。

 

その先で、先ほどの医師ビブスを着た方がいて、「左に曲がるとすぐに次の関門がある、時間的には余裕があるよ」と励ましてくれ、元気をもらう。この方は、疲れたランナーの励まし方、盛り上げ方が非常に上手だった。

40.3㎞地点の第7関門(最終関門)を関門閉鎖時刻4分ほど前に通過。あとは15時までにゴールにたどり着くだけだ。

 

残り1.9㎞。歯を食いしばり、ゆっくりとだが一歩一歩懸命に走る。参加者のゼッケンには都道府県名(富山県内は市町村名)が書かれてあり、「福岡県の人、頑張れ」という声援を沿道の方々からいくつもいただき、元気をもらった。

だがゴールがなかなか見えてこないので、くじけそうになる。ゴール地点手前では、高橋尚子さんが「ゴールまであと少し、頑張って」と大きな声で声援を送ってくれていた。

ようやくゴール地点が見え、最後はしっかりと走ってゴールしたかったので、ラストスパートしゴール。15時まで残り3分を切っていた。

黒部名水マラソンのコースは、前半は上りがあるが、後半は上りがなく緩やかに下っている。これが完走できた要因の一つだと思う。疲れのでてくる後半に上りがあったならば、そこで気持ちが折れて完走はできなかっただろう。

 

ゴールすると、緊張感が解けて気分が悪くなり、道の脇でしゃがんでしまった。少しすると気分も良くなり、黒部の名水を飲み一息つく。そして、完走者一人一人に白い袋が手渡された。中には、完走記念タオルと完走記念メダルが入っていた。

 

コロナ感染者数が高止まりの中、このような大規模なマラソン大会を開催していただき、主催者や関係者の皆さんに感謝。また、運営に携わっていただいた全ての方々に感謝。そして沿道で応援していただいた方々に感謝。

最後に参加したランナーの皆さんに感謝。皆さんから多くの刺激を受け、完走できたと思う。

 

制限時間ギリギリだったが、フルマラソン初挑戦で無事に完走することができた。これで、50代のうちに達成すべき最後の項目を達成することができ感無量だ。

フルマラソンは、私にとっては思っていた以上にきついチャレンジだった。昨年(2021年)8月からジョギングを継続し、小さなランイベントに出場し、走る体力とモチベーションを少しずつ上げてきた。これまで何度かフルマラソンに参加申込みしたが全て開催中止になり、今回の黒部名水マラソンが初めてのフルマラソン参加となった。

昨日、走り終えたときは、次のフルマラソン参加はないだろうと考えていたが、一夜明けると、次の参加のことを考えてしまう。公道の真ん中を堂々と走れるのは快感だ。

今秋、北九州近郊でフルマラソンの大会がいくつか開催されるし、今年は中止になったが、来年2月の北九州マラソンにはぜひ参加したい。

 

 

今朝は7時起床。朝食。

終日、自宅でのんびりと過ごす。